コトヒキ Terapon jarbua
紀伊半島での呼び名:【文献】すみやき、ぐいぐい、しゃみせん(和歌浦)、うぐい、なみなご(白浜:幼)
インド・西太平洋の広域に分布し、日本国内でも主に房総半島以南に広く分布する。沿岸浅所やそれにつながる河川の汽水域に生息し、干潟やサーフでもよく見られる。河川内でもかなりの低塩分の場所まで侵入するが、完全な淡水域には出現しない。
シマイサキ科魚類に共通する特徴として浮き袋を使って発音することができ、これが和名の由来となっている。しかし、「琴弾き」の雅な名とは裏腹にその音は書き起こすならば「グゥ、ググゥ」といったものであり、琴の音とは全く似ても似つかない。和歌山県での本種の地方名に「ぐいぐい」というものがあるが、これもこの鳴き声に因んだものだろう。
体側に縞模様をもつことで同科のシマイサキに似ているがコトヒキの体側の模様は弧状なのに対し、シマイサキは直線状の縦帯であるという違いがあり、加えてコトヒキでは吻は丸いこと(vs. 尖る)、背鰭棘条部に明瞭な黒斑をもつこと(vs. 黒斑をもたない)などにより簡単に見分けることができる。
本種の生態で特徴的なのは他魚の鱗や鰭をかじり取って食べてしまう、鱗食い(スケールイーター)の習性をもつことだろう。もっとも鱗ばかりを食べているわけではなく、甲殻類や多毛類など様々な小動物を餌とするが、南アフリカで本種の胃内容物を調べた研究では体長100mmを超えるころから食性において鱗への依存度が高まることが示されている(Whitfield and Blaber, 1978)。これは本種が沿岸浅所から深場に生活場所を移す時期と一致しており、餌生物のやや乏しい深場への適応ではないかと考えられている。ちなみに近縁のシマイサキは他魚の外部寄生虫を食べるクリーナーの習性があることでしられているが(重田ほか,2001)、コトヒキの胃内容物からも寄生性カイアシ類などの寄生虫が出てくることがあり、本種の鱗食の習性はクリーナーから進化した可能性が指摘されている(Whitfield and Blaber, 1978)。
幼魚は汽水域によく出現し、ガサガサなどの採集でも目にする機会は多い。銀鱗に黒のアーチ模様と、美しい模様をもつので飼育欲に駆られるが、前述の鱗食いの習性をもち、他魚をすぐにボロボロにしてしまうため混泳は難しく、うかつに飼育用に持ち帰ると後悔する魚のひとつ。食用魚としての価値も高くはなく、紀伊半島では個体数は少なくないが、まとまって獲れることが少ないため値段がつきにくく、定置網などで散発的に漁獲はあるもののこれといった利用はされていないだろう。一般的には趣味の釣りの対象として認知されており、夏から秋にかけて全長10cmほどに成長した幼魚たちは食欲旺盛で餌やルアーによく反応するため良い遊び相手になってくれる。
引用文献
重田 利拓・薄 浩則・具島 健二.2001.瀬戸内海で観察されたシマイサキのクリーニング行動ーークロダイへのクリーニングを中心として.瀬戸内海魚類研究会報告.3.9–12.
Whitfield A. K. and S. J. M. Blaber. 1978. Scale-eating habitats of the marine teleost Terapon jarbua (Farskal). Journal of Fish Biology. 12. 61–70.