Fishes of Kii Peninsula

紀伊半島のさかな

紀伊半島の淡水魚図鑑No.3 オオシマドジョウ

オオシマドジョウ Cobitis sp. BIWAE type A

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オオシマドジョウ Cobitis sp. BIWAE type A 和歌山県中部河川

オオシマドジョウは河川の中下流域に生息するシマドジョウ属魚類で、その名の通り日本産シマドジョウ属魚類の中では最も大きくなる種の一つです。本種は本州西部、四国および九州の一部の瀬戸内海流入河川を中心に分布し、紀伊半島では和歌山県奈良県の瀬戸内海および枯木灘流入河川でその姿を見ることができます。なお、紀伊半島の東側には本種は分布せず、代わりに三重県の伊勢湾流入河川には同属のニシシマドジョウが分布します。

上の写真の個体和歌山県中部のダム湖流入河川で撮影したもので、中流域的環境とはいえ、ダムの上流にもいるのかと驚かされました(同所的にアマゴも生息していた)。本種は和歌山県では上記の分布域内ではだいたいどこでも見られ、一般的に個体数も多いですが、ところどころ生息に適すると思われる環境があるにも関わらず、本種が全く生息していない水系があり、こうした分布様式が成立した要因について興味が持たれます(単に僕が採集できていないだけかもしれませんが…)。

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和歌山県北部の河川で撮影したメス。

かつての“シマドジョウ”Cobits biwaeは現在オオシマドジョウ、トサシマドジョウ、ニシシマドジョウ、ヒガシシマドジョウの4種に分けられていますが、そのうち本種、オオシマドジョウはニシシマドジョウの染色体数が倍加したことにより誕生したと考えられる4倍体性の種であり、上野ほか(1980)によりその存在が報告されました。その後、Saitoh et al.(2000)やKitagawa et al.(2003)は従来の“シマドジョウ”には遺伝的に別種に相当すると考えられる4集団が含まれることを示し、本種をシマドジョウ西日本グループ4倍体型として扱いました。中島ほか(2012)は日本産シマドジョウ属魚類各種の新標準和名の提唱を行い、本種に対してオオシマドジョウの和名を与えましたが学名は未だ確定していません。本種はゲノム倍加による体サイズの大型化と遺伝的多様性の増加を獲得したことによって同属他種との競争に有利であると考えられており、分布域が接するニシシマドジョウを徐々に駆逐し生息域を拡大しつつあるといわれています(北川,2010:中島・内山,2017)。本種とニシシマドジョウの関係は日本の淡水魚の分布が現在もダイナミックに変容しつつあることを示す好例と言えるでしょう。

本種と最も形態的に類似するニシシマドジョウとの識別点は尾鰭基部の黒斑が上下とも明瞭で接続することとされていますが( vs. ニシシマでは上側のみが明瞭で下は不明瞭)、本種にも少なからず黒斑の下側が不明瞭な個体が存在し、決定的な識別的特徴とは言えません。確実に同定するためには染色体数と赤血球径を調べる必要がありますが、研究室ならともかく現場レベルではあまり現実的ではないでしょう。幸いなことに(?)本種とニシシマの分布域はほぼ被らないため、現状では分布域による同定が(同定と言えるのかどうかはさておき)最も簡単だと思われます(ごく一部の地域では両者の分布はかなり入り乱れるようですが…)。最後に下に和歌山県各地から集めた本種の写真を掲載しますので、本種の持つ形態の多様性を感じていただけたら幸いです。

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和歌山県北部A水系産のオス。ぐっと反り返った胸鰭がかっこいい。

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和歌山県北部A水系産(上個体とは別産地)のメス。

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和歌山県北部A水系産のメス。尾鰭基部の黒斑のうち下側がやや不明瞭で、あまりオオシマっぽくない個体。

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和歌山県北部B水系のオス。

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和歌山県南部水系産のメス。

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和歌山県北部A水系産のメス。体側のラインが不明瞭。

 引用文献

上野紘一・岩井修一・小島吉雄.1980.シマドジョウ属にみられた染色体多型と倍数性,ならびにそれらの染色体型の地理的分布. 日本水産学会誌.46.9–19.

Kitagawa T., Watanabe M., Kitagawa E., Yoshioka M., Kashiwagi M., Okazaki T. 2003. Phylogeography and the maternal origin of the tetraploid form of the Japanese spined loach, Cobitis biwae, revealed by mitochondrial DNA analysis. Ichthyological Research. 50. 318-325.

北川忠生.2010.温帯性淡水魚類の成立 シマドジョウ属を中心として.渡辺勝敏・高橋 洋(編著).淡水魚類地理の自然史【多様性と分化をめぐって】.87–103.p283.北海道大学出版会,札幌.

中島淳・洲澤譲・清水孝昭・斉藤憲治.2012.日本産シマドジョウ属魚類の標準和名の提唱. 魚類学雑誌.59.86–95.

中島淳・内山りゅう.2017.日本のドジョウ 生態・生態・文化と図鑑.p224.山と渓谷社,東京都.

Saitoh K., Kobayashi T., Ueshima R., Numachi K. 2000. Analysis of mitochondrial and satellite DNAs on spined loaches of the genus Cobitis from Japan have revealed relationships among populations of three diploid-tetraploid complexes. Folia Zoologica. 49. 9–16.