Fishes of Kii Peninsula

紀伊半島のさかな

紀伊半島の淡水魚図鑑No. 21 タカハヤ

タカハヤ Phoxinus oxycephalus jouyi

紀伊半島での呼び名:【文献】むつ、ぬめっと(中辺路)、ろくばい、ろくのうお(龍神

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タカハヤの群れ 和歌山県日置川水系 -1.5m

分布:静岡県より西の太平洋側、富山県より西の日本海側の本州から四国、九州まで。西日本に広域分布する。紀伊半島では北部の紀の川水系から南部の古座川水系まで多くの河川に分布する。

生息環境:中流域から山間部の渓流。

採集:たも網で容易に採集できる。物陰に隠れる性質が強いので、抽水植物の生え際などに隠れたところを網に追い出して捕る。また大型個体は釣れることもある。

形態:身体はややずんぐりした円筒形。吻部は丸みを帯び、眼は大きい。鱗は細かいが、アブラハヤと比べると粗い。尾柄部は高い。尾鰭の切れ込みは浅い。身体の地色は褐色で体側中央部を中心に細かい暗色点が密に入り、ときに縦帯様になる。尾鰭基底の暗色斑を欠く。各鰭は淡黄色から淡褐色を帯び明瞭な模様は入らない。

同定:同属のアブラハヤによく似ており、区別がつきにくい(特に幼魚)場合が多い。本種はアブラハヤと比較して尾柄は高く、頭長の50%以上であること(アブラハヤでは48%以下)、側線上方横列鱗数は11-18であること(vs. 20-22)、尾鰭基底に暗色斑をもたないこと(vs. 暗色斑をもつ)、尾鰭の切れ込みは浅いこと(vs. 尾鰭の切れ込みは深い)などから識別される。

備考:日本のコイ科魚類としてはもっとも上流域に適応した種で、アマゴやナガレホトケドジョウなどほかの上流域を好む魚と同時にみられることも多い。流れの緩い淵や植生の陰に群れており、開けた場所よりも薄暗い森の中の細流などで採集されることが多い。性質は臆病で物陰に依存する性質が強い。体表の粘液が多いのか触るとヌルっとした独特の感触で、地方名もこれに因んだものが多い。同属のアブラハヤとはよく似ており、区別は難しいが、本種はアブラハヤと比べ体高や尾柄高が高いこと、体側の縦帯は目立たないこと、鱗が粗いこと、アブラハヤと同じ河川に生息している場合、本種のほうが上流域に偏って生息することなどによって区別できる。また本種のほうが小型でアブラハヤが全長15cmを超えることがあるのに対し、本種は最大でも全長10cm程度である。

タカハヤについて面白い伝承が和歌山県高野山周辺には残されている。「玉川の魚」という言い伝えで、弘法大師紀の川の支流の玉川(丹生ノ川)のほとりで山男が小魚を捕り串に刺して焼いて食べようとしていたところを見つけた。哀れんだ弘法大師は山男から小魚を買い取り玉川に放してやるとすいすいと泳ぎはじめたので、男は殺生の罪を悔い魚をとることをやめた。今も玉川を泳ぐこの小魚の背中にはその時の串のあとが残されている…という話である。タカハヤの背面には背中線に沿って暗色縦線があり、これを串を刺したあとに見立てたものだろう(あるいは背鰭付近の淡黄色斑という説もある)。なお、宇井縫蔵の『紀州魚譜』ではこの伝承の魚をアブラハヤとしているが、現在の玉川峡の渓流的な環境から想像するにやはりタカハヤだったのではないだろうか。

本種は概して食習慣に乏しい魚で、過去には山間部において貴重なたんぱく源として利用されていたことが想像されるが、紀伊半島における本種の利用の実態としては有田川流域でアブラハヤとともに佃煮寿司にしたという記録しか見つけることができなかった(種坂2001)。なお、前述の『紀州魚譜』においても「肉は不味い」と評されている。

 

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冬の川で大きな群れを作っていた 日置川水系 -1.0m

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体側の模様の薄い個体。緊張しているのかも 日高川水系産

和歌山県日高川水系産、幼魚

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82.7 mm SL 日置川水系産

 

引用文献

宇井縫蔵.1924.紀州魚譜.282+43pp.紀元社.東京.

種坂英次.2001.紀州北部における魚ずし製法と関連したバショウの栽培.近畿大学農学部紀要,34: 173-179.