Fishes of Kii Peninsula

紀伊半島のさかな

紀伊半島の淡水魚図鑑No.5 オオクチユゴイ

オオクチユゴイ Kuhlia rupestris

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オオクチユゴイ Kuhlia rupestris 和歌山県南部河川

紀伊半島南端部は古座川を除くと大きな河川がなく、流程が短い、中流域がそのまま海に流れ込むような環境の河川がほとんどである。こうした川では純淡水魚の種数は少なく、相対的にアユやボウズハゼのような川と海を行き来する通し回遊魚の割合が増える。こうした通し回遊魚の中でも中層を元気よく泳ぎ回っているためか、見かける機会が多いのがユゴイの仲間だ。
紀伊半島においてユゴイ属魚類はユゴイ、オオクチユゴイ、ギンユゴイの3種がみられるが、河川に生息するのは前2種である。このうちオオクチユゴイは大型に成長し、河川の渓流域まで遡上できることからサケ科魚類のいない南西諸島では渓流のルアーフィッシングの好対象魚となっている。一方、紀伊半島を含む本州や四国、九州の太平洋側沿岸地域では本種の幼魚の記録は多いが(工藤・瀬能,2002:岩坪ほか,2017)、成魚の記録がほとんどないことから、本種は黒潮によって南方から輸送され一時的に定着するものの、冬の訪れとともに死んでしまう死滅回遊魚と考えられている。なお、温帯であっても温泉水等の暖水が流れ込む環境では越冬できるようで、福島県の温泉水が流入する川で39 ㎝の個体が釣獲された例がある。またかつて静岡伊東市に存在した浄の池(温泉水が流入し、周年水温が25度前後に保たれていた。淡水であるにも関わらず、熱帯性の海水・気水魚が多くみられたことから天然記念物に指定。黒田長礼の「静岡県伊東町「浄の池」ノ魚類ニ関スルモノ」による調査報告が有名)に生息する魚類を描いた絵葉書にも成魚の本種の姿が描かれている。

以上のことから、特殊な事例を除き本種は本土では冬を越せない死滅回遊魚だと思っていたが、紀南の河川で水中観察していると、明らかにその年生まれではないと思われる大きさの個体を見ることがあるため、場合によっては本種の冬を乗り切ることができるようだ。上の写真の個体も全長10㎝弱と当歳魚とは考えにくい大きさであった。この場所は温泉水等の影響はない河川だが、そんな普通の川でも場合によっては越冬できるようだ。恐らく水温の安定する深い淵などで冬の寒さをやり過ごしているのではないだろうか?

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オオクチユゴイ Kuhlia rupestris 和歌山県南部河川

また一度だけだが、写真のような大型の個体も目撃したこともある。採集はできなかったため詳細な大きさは不明だが、全長20㎝以上あったように思う。これは沖縄などで釣れるのと変わらない大きさのため、紀南でも運が良ければオオクチユゴイが釣れるかもしれない。

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オオクチユゴイ Kuhlia rupestris 和歌山県南部河川

もちろんその年生まれの可愛らしい幼魚も多くみられ、観察していると同属のユゴイの幼魚が川の流心近くや落ち込みといった比較的流れの早い場所に多いのに対し、オオクチユゴイの幼魚は岸沿いの植生の周りなどの流れの緩い場所に多いように思う。オイカワとカワムツの関係のように両種は同じ河川環境の中で微妙に違ハビタットに棲み分けているように感じられるが、本来の生息域であり、個体数も多い南西諸島で両者の種間関係を観察してみたいものだ。

 

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オオクチユゴイ 和歌山県南部河川産 46mm SL

引用文献

工藤孝浩・瀬能宏.2002.横浜市侍従川におけるオオクチユゴイの出現.神奈川自然誌資料,23.34.

岩坪洸樹 ・橋口亘 ・本村浩之 .2017.九州初記録のユゴイ科魚類オオクチユゴイ.Nature of Kagoshima,43.189192.