Fishes of Kii Peninsula

紀伊半島のさかな

紀伊半島の淡水魚図鑑No.1 テングヨウジ

 テングヨウジ Microphis brachyurus

紀伊半島での呼び名:不明

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分布:房総半島以南の太平洋岸および南西諸島
生息環境:内湾から河川汽水域および淡水域。河川内では流れの緩い淵や抽水植物、枯れ木など障害物の周辺。
形態:身体は著しく細長く、吻部も長い。身体全体が骨質の鱗板で覆われ固く、柔軟性を欠く。躯幹輪数は19ー22(通常21)。背鰭は体背面のほぼ中央に位置しその基底は長い。臀鰭は肛門の直後に位置しきわめて痕跡的。尾鰭は中央部がやや尖った尖形で大型個体では各鰭条間に欠刻をもつ。腹鰭をもたない。身体の地色は淡黄色から褐色。吻の先端から鰓蓋部に至る暗色縦帯をもつ。吻部には不規則な明色斑が入る。体側の下半部および鰓蓋後縁にオレンジ色のラインが入ることがある。なお、生時の色彩については個体差が激しい。
同定:本種と同じく淡水に出現するヨウジウオ類のうち同属のイッセンヨウジやカワヨウジ属のカワヨウジやガンテンイシヨウジにやや似るが、頭長の55.6~66.7%に達する長い吻をもつことで容易に識別される。
採集:たも網で捕る。動きは緩慢で採集しやすいが、枯れ枝への擬態により非常に見つけにくい。
備考:ヨウジウオの仲間というと海水魚のイメージが強いが、本種をはじめとする何種類かは汽水域を中心とした河川に生息する。中でも本種と、本種と同属のイッセンヨウジは河川環境によく適応した種で純淡水域まで遡上する*1。動きは緩慢で流れの速い場所は苦手であり、流れの緩い淵や障害物の周りにいることが多い。特に擬態によって身を隠せる沈水木の周りを好み、複数個体で群れていることもある。枯れ枝に完璧になりきった本種の擬態を見破るのは難しい。

繁殖期は夏から秋にかけてであり、ほかのヨウジウオ科魚類と同様オスはメスから産み付けられた卵をふ化まで育児嚢で保護する。卵は受精後6日から7日でふ化し、生まれた仔魚は降海し海で生育したのちに河川に遡上すると考えられる。相模湾流入河川の相模川で抱卵個体が採集されているため、紀伊半島を含む本州沿岸でも産卵を行っていることは確実なものの再生産しているかは不明である(中里・藤田,1986)。なお、成魚は冬季の水温低下に伴い水温の安定する海に降り、翌年水温の上昇とともに再び河川に遡上するようだ。

 

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和歌山県南部河川にて撮影。本種は沈水木の周りで見かけることも多い

引用文献

中里 靖・藤田矢郎.1986.伊豆,相模,房総におけるテングヨウジの分布と産卵,卵発生と仔魚前期.水産増殖,33: 210–219.

*1:日本国内からのテングヨウジ属の仲間としてほかにタニヨウジ、ホシイッセンヨウジおよびヒメテングヨウジが知られるがいずれも稀種で記録は非常に少ない。