Fishes of Kii Peninsula

紀伊半島のさかな

紀伊半島の淡水魚図鑑No.30 サツキマス/アマゴ

サツキマス/アマゴ Oncorhynchus masou ishikawae

紀伊半島での呼び名:紀伊半島での呼び名:こさめ、あまご、あめご、あめのうお、のぼり(降海型)

分布:神奈川県酒匂川以西の本州太平洋側、四国、および九州東北部の瀬戸内海流入河川。

生息環境:河川上流域の渓流。降海型のサツキマスは沿岸域を回遊するとされる。

形態:陸封型のアマゴは全長30cmほど、降海型のサツキマスは50cmほどに達する。アマゴでは身体の地色は鈍い銀白色。背部はやや褐色を帯び、暗色斑が散在する。体側にそってパーマークと呼ばれる青灰色の楕円斑が10個程度ならぶ。またパーマークとは別に朱色斑点が体側に散在する。体側の下部にも青灰色の小斑が散在する。尾鰭の上下葉は橙色を帯びる。サツキマスでは全身が銀白色で背部は暗色を帯びる。体側にはアマゴ同様、朱色斑点が散在するが、アマゴほどは目立たないことが多い。背鰭の先端と尾鰭の後縁は黒みがかる。産卵期には鮮やかな桃色の婚姻色が発現し、オスは鼻曲がりと呼ばれる両顎が湾曲した状態になる。

同定:よく似たヤマメとは体側に朱点があることによって容易に識別できる。なお、基本的にヤマメとは分布域が重ならないが、近年の無秩序な放流によりヤマメ分布域にアマゴが移入し、遺伝的かく乱が起きている例が知られている(藤井,2008;北西ほか,2017)

採集:たも網や釣りで採集できるが、本亜種は水産重要種であるため、紀伊半島の3県では漁業調整規則により採捕期間および採捕できる大きさが決められているため注意が必要*1。また多くの川で漁業権が設定されている。

備考:降海型がサツキマス、陸封型(河川残留型)がアマゴと呼ばれる。主に東日本と西日本の日本海側、および九州に分布する亜種サクラマス/ヤマメとは形態的に類似するが、体側に朱点をもつことで区別できる。キリクチ(ヤマトイワナ紀伊半島集団)は現在のところ熊野川水系源流部の2地域にしか生き残っていないとされているので、本亜種は紀伊半島のほとんどの水系において唯一自然分布するサケ科魚類である。

本亜種は多くのサケ科魚類と同様に水産重要種で、遊漁の対象としても重要である。多くの河川では漁業権が設定されており、漁業法に基づき漁協等に課せられた増殖義務により種苗放流が行われている。こうした放流は漁場の維持に大いに貢献している一方で、その地域に固有の遺伝集団のかく乱と消失という問題も引き起こしている。

降海型のサツキマスは生まれた年の秋にスモルト化(銀毛化)したのちに降海し、約半年間の海洋生活を経て翌年の春に生まれた河川に遡上する。降海型のサケ科魚類で秋にスモルト化するのは珍しく、夏季に海水温が高温になる低緯度域への適応と考えられている(井田・奥山,2017)。遡上した個体は夏に上流域の淵などで過ごしたのち、秋に産卵し死亡する。紀伊半島ではかつて複数の河川でサツキマス個体群がみられたようだが(岸・德原,2019)、遡上の妨げとなるダムや堰堤が各河川に作られたことにより個体数が激減し、現在、明らかに再生産を行っている自然個体群を確認することは難しい(和歌山県編,2012)。近年も紀伊半島沿岸や河川で散発的にサツキマスが捕獲されているが、これらの個体が産卵場である上流域まで遡上し、繁殖できているかは不明である。

現在、多くの河川で大量のアマゴ人工種苗が放流されているが、これらの放流種苗が降海しサツキマスとして再び遡上できるのかどうかは長らく不明であった。神戸大学の研究グループが和歌山県の有田川において放流アマゴの追跡調査を行ったところ、自然下での放流アマゴの成長速度は養魚場などの飼育下と比べて遅くなり、スモルト化に必要な体サイズに達する個体は少ないため、*2放流アマゴのほとんどは陸封型のまま一生を過ごすことが明らかになった。したがってアマゴ種苗の放流はサツキマス資源の増大にほとんど寄与しないことが示された(Tanaka et al., 2021)。サケ科魚類資源の維持には放流魚だけでなく、天然魚が果たす役割が大きいことが近年明らかになりつつあるが(森田ほか,2013)、サツキマスにおいても天然魚が自然産卵できる環境を整備・保全することが重要だと考えられる。

サツキマス/アマゴを含むサクラマス群は伝統的に4亜種(サクラマス/ヤマメ、サツキマス/アマゴ、ビワマス、およびタイワンマス)に分類されてきたが(大島,1957)、近年行われたミトコンドリアDNAのCytb領域1141塩基を用いた分子系統解析ではこの4亜種グループは支持されず、従来の形態的特徴による分類を反映しない6つの遺伝グループに分かれることが示唆された(Iwatsuki et al., 2019; 岩槻ほか,2020)。詳細については彼らの研究を参照してほしいが、彼らによれば従来アマゴとされてきた主に西日本に分布する体側に朱点をもつ集団の中には3つの遺伝グループが内包されているとされ、しかもそのうち2グループは常に朱点をもつわけではないという。つまり従来知られていた朱点の有無という分かりやすい形質ではサクラマス群を分類できない可能性があり、今後のさらなる研究が待たれる。このうち紀伊半島には彼らがグループE(常に体側に朱点のあるグループでこれが“真のアマゴ”とされる)とした集団が主に分布するが、紀伊半島北西部の瀬戸内海流入河川には瀬戸内海周辺などに多いとされるグループC(比較的古い系統の集団で朱点はあったり無かったりする、岩槻ほか2020では“ヤマトマス”と呼称)が分布する可能性がある。

速い流れをものともせずに泳ぐ。遡上能力は高い

和歌山県北部の定置網で捕獲されたサツキマス

冬に孵化した稚魚は流れの緩い場所を生育の場とする

放流直後と思われる群れ。鰭が擦りきれて丸くなっている。全体に朱点が目立つのも特徴

引用文献

井田 齋・奥山文弥.2017.サケマス・イワナのわかる本 改定新版.山と渓谷社.東京.p263.

Iwatsuki Y., T. Ineno, F. Tanaka and K. Tanahara. 2019. The southernmost population of Onchorhynchus masou masou from Kyushu Island, Japan and gross genetic structure of the O. masou complex from the northwestern Pacific, pp. 101–118. In Gwo, J.-C., Y-T. Shieh and C. P. Burridge, The Proceedings of the International Symposium on the 100th Anniversary of the Discovery of Formosa Landlocked Salmon, Taiwan Ocean University
Press, 135 pp.

岩槻幸雄・田中文也・稻野俊直・関 伸吾・川嶋尚正.2020.サクラマス類似種群 4 亜種における Cytochrome b 全域(1141 bp)解析による6つの遺伝グループの生物学的特性と地理的遺伝系統(Iwatsuki et al., 2019 の解説).Nature of Kagoshima,47: 5–16.

岸 大弼・德原哲也.2019.昭和時代初期のサツキマスの分布:農林省水産局「河川漁業」の情報からの推定.魚類学雑誌,66: 187–194.

北西 滋・向井貴彦・山本俊昭・田子泰彦・尾田昌紀.2017.サクラマス自然分布域におけるサツキマスによる遺伝的攪乱.日本水産学会誌,83: 400–402.

森田健太郎・高橋 悟・大熊一正・永沢 亨.2013.人工ふ化放流河川におけるサケ野生魚の割合推定.日本水産学会誌,79; 206–213.

大島正満.1957.九州に於けるヤマメとアマゴの分布.動物学雑誌,66: 21–24.

Tanaka T., R. Ueda and T. Sato. 2021. Captive-bred populations of a partially migratory salmonid fish are unlikely to maintain migratory polymorphism in natural habitats. Biology letters, 17 (In press).

田子泰彦.2002.サクラマス生息域である神通川へのサツキマスの出現.水産増殖,50: 137–142.

和歌山県編.2012.5 淡水魚類.保全上重要なわかやまの自然-和歌山県レッドデータブック-[2012年改訂版].81–106.p444.和歌山県環境生活部環境政策局環境生活総務課自然環境室.和歌山県

*1:例えば和歌山県では10月から2月末まで採捕が禁止されている。また周年にわたり全長10cm以下の個体は採捕できない

*2:アマゴは成長の良い個体からスモルト化し、降海することが知られている