Fishes of Kii Peninsula

紀伊半島のさかな

本州最南端で深海小物釣り採集

最近のマイブーム(?)は水深100~200mほどの深場で小さな魚を狙って釣る、通称「深海小物釣り*1」採集です。

 

おもなターゲットは深場の岩礁帯に棲むハナダイやベラ、トラギスの仲間など。こうした小型魚は底曳き網などの商業漁業の対象にならないことに加え、スクーバダイビングでも潜ることが難しい水深帯に生息するため、これまで採集することが困難でした。しかし、最近の釣具の進化、低伸度PEラインの普及や電動リールの小型化などで、これらの魚を「釣り」で採集することが現実的になってきたのです。

これまでほとんど調査が行われてこなかったこれらの海域では、基本的な魚類相すら不明、ということも多く、そのため全く未知の魚―例えば日本未記録種や未記載種が釣れる可能性も十分に考えられます。実際に近年、こうした深海小物釣り採集によって日本初記録種やこれまでほとんど記録のなかった種が採集されたという報告が相次いでいます(日比野ほか,2017のホタルビサンゴアマダイや、宿女ほか,2023のアワユキハナダイなど)。

 

www.jstage.jst.go.jp

 

図鑑にもめったに載っていないような希少な魚が釣れる、そして運が良ければ新種も釣れるかも、、、となれば、魚オタク的にはこんなロマンに溢れた釣り、やるしかないでしょう!

 

この釣り、船と深い海があればどこでもできると言えばどこでもできるのですが、上記のような、暖海性の魚をターゲットにするとなると、やはり、主なフィールドは黒潮の影響を受ける相模湾以南の南日本太平洋沿岸や、沖縄などの南西諸島となります。筆者は和歌山県に住んでいるため、最寄りの有望ポイントはダイビングスポットとしても有名な本州最南端の串本周辺です。本州で唯一の亜熱帯性の海域。深場の熱帯魚を釣るにはポテンシャルは十分です。

 

タックルは基本的に100m以深の深場を狙うので、電動リールが圧倒的に有利です。手巻きでもできなくはないですが、完全に筋トレです。電動リールは水深カウンターもついているので、現在何mで釣りしているのかが一目でわかるのもメリット。仕掛けは企業秘密()ですが、小型魚を釣るため細かなものを使用しています。

実はこれまでに10回以上、串本での深海小物釣りは行っており、中にはかなり面白い魚(ここには書けない!)も釣れています。なかなか特殊な釣りなので、理解ある遊漁船を探すのが大変でしたが、3年ほど前にとある釣船の船長に快諾していただいて毎回お世話になっています。というわけで以下、今回釣れた魚を紹介!

 

イッテンサクラダイ Odontanthias unimaculatus

明確なアタリがあり、最初に釣れたのは深場系ハナダイのイッテンサクラダイ。串本の深海小物釣りでは後述のバラハナダイと並び代表的なターゲットです。鮮やかなピンク色の体色が美しい!

 

バラハナダイ Odontanthias katayamai

次に竿先を揺らしたのはイッテンサクラダイと同属のバラハナダイ。イッテン以上に派手な色彩で、見る者の眼を奪います。ちなみにその鮮やかさから観賞魚として人気が高く、1匹あたり何十万円で取引されるとか・・・ちなみにここまで高価になるのは採集よりも、その後に飼育できる状態にすることが非常に困難なため。100m以深の深場から釣りあげられた個体は急激な水圧変化により浮袋が膨出してしまったり減圧症に罹っていることが多く、そこから飼育が出来る状態まで立て直すのは至難の技だそうです。この個体も釣りあげた直後は生きていましたが、肛門から腸が飛び出ており、その後まもなく死んでしまいました。

 

アズマハナダイ Plectranthias azumanus

同じハナダイ科ですが、こちらはイズハナダイ属 Plectrathiasのアズマハナダイ。本属は熱帯種が多いですが、その中ではもっとも温帯の環境に適応した種です。なお本属魚類は水圧変化に弱いようで、この個体も眼が飛び出してしまいました。

 

ゲッコウスズメダイ Chromis tingting

スズメダイと言えば浅場のサンゴ礁などに群れているイメージが強いですが、トウカイスズメダイの仲間など、水深100m前後の深場に生息する種もいます。このゲッコウスズメダイは2019年に新種記載されたばかりの新しい種で、従来はトウカイスズメダイsp.と通称されていました。

 

アカトラギス Parapercis aurantica

同乗者の方からいただいたのは、こちらの美しい縞模様が特徴のアカトラギス。深場のトラギスの中では割と普通種のはずですが、串本で釣れたのは初めてでした。串本の深場からは本種以外にもヤマユリトラギス Parapercis kentingensisなど複数種のトラギス属魚類が得られています。

 

ヒメ Hime japonica

美しいのですが、釣れ過ぎるので魚オタクたちにあまり歓迎されないヒメ。今回もたくさん釣れました。本種は浮袋をもたないためか水圧変化に非常に強く、リリースしても水面に浮くことはなく深場に戻っていくのも特徴*2。意外にもこれまで標本にしたことがなかったため、この個体は標本用にお持ち帰り。

 

イトヒキヒメ Hime formosana

しばらくヒメの猛攻が続き、またヒメか・・・と針を外そうとした時に背鰭が妙に長い個体がいるのに気が付きました。・・・これは!?イトヒキヒメだ!!!

国内では駿河湾以南の黒潮流域で散発的にしか記録のない稀種。普通のヒメにそっくりですが、その名のとおりオスの背鰭軟条が糸状に伸びるのが特徴。実物を見るのは初めてで、嬉しい収穫になりました。

 

今まで10回以上串本で深海小物釣りをしていますが、ほぼ毎回なにかしら新たな種が採集される(今回はアカトラギスとイトヒキヒメが初)ため、まだまだしばらくはこの釣りを楽しめそうです。なお、同乗者の方は飼育用メインの方もおられましたが、筆者は基本的に標本写真用に魚を持ち帰っています。そうして撮影した標本写真は『不定期連載・標本写真シリーズ』でも紹介していけたらと思います。

*1:「深海」の定義は水深200m以深の深い海とされているので、厳密には深海ではないのですが、語呂が良いのでこう呼んでいます

*2:そのあと生きているかは観察できないため不明。生きていると信じたいが・・・