Fishes of Kii Peninsula

紀伊半島のさかな

エンビサクラダイ:論文が出版されました

先日、拙著が日本魚類学会の和文誌、魚類学雑誌にて公開されました。

www.jstage.jst.go.jp

和歌山県串本町から深海小物釣りで採集されたハナダイ科のOdontanthias randalli を日本初記録種として報告し、新たな標準和名「エンビサクラダイ」を提唱しました。魚類学雑誌は出版後2年経たないとオープンアクセスにならないので、残念ながら今のところ魚類学会の会員以外は読めないのですが、筆者までメールかTwitterのDMなどで連絡していただければ論文PDFを謹呈いたします。

エンビサクラダイ 和歌山県串本町産 93.2 mm SL

本種はマダラハナダイやバラハナダイが属するイッテンサクラダイ属 Odontanthiasの一員で、2011年にインドネシアロンボク島から採集されたタイプ標本(ホロタイプ1個体とパラタイプ10個体)に基づき新種記載されました(White, 2011)。世界的に見ても標本が得られることがまれな種で、タイプ標本のほかは台湾南部とフィリピンから記録されているに留まります(Lai, 2020; Gumanao et al., 2022)。一方でわずかながらアクアリウムルートで流通することもあるようで、産地は不明ながらこれまでに複数個体が流通していることを確認しています。

昨年の10月22日、いつものように(?)串本沖で深海小物釣りをしていると、船尾で釣りをしていたIさんが変なハナダイが釣れたと見せてくれました。その魚は体形や体色から一見してイッテンサクラダイ属のように思えましたが、日本からこれまで知られている本属の各種とはいずれも異なる非常に長く伸長した尾鰭をもっていることから、未記載種あるいは日本未記録種であることは明らかでした。その後、船の上であれこれ調べたところ、この魚がOdontanthias randalli であり、日本からはこれまで記録のない種であることが判明しました。

今回、串本沖から採集されたO. randalli は体長93.2 mmの個体で、水深130 mからバラハナダイやイッテンサクラダイとともに釣獲されました。これまでに知られているO. randalli の標本とは形態がほぼ一致しましたが、尾鰭や背鰭の伸長部がより長いという違いもありました。論文中では既知の標本との比較を行い、この違いは種内変異であろうと結論付けています。

論文中では本種の生物蛍光のパターンについても記載しました。深場の魚の中には特定の波長の光(短波長の青色から紫外線)を当てると蛍光を発するものがいることが知られており、イッテンサクラダイ属の中ではバラハナダイが生物蛍光を発することが報告されています。本研究により本種もまた395 nmの紫外線(ブラックライト)を当てると頭部や体側の黄色帯や黄色斑を中心に強く蛍光することが明らかになりました。面白いのが本属では多くの種で頭部や体側に黄色の模様が入りますが、そのすべてが蛍光するわけではないということです。例えばイッテンサクラダイにも頭部や胸鰭基部に黄色帯がありますが、筆者の観察ではバラハナダイやエンビサクラダイが蛍光するブラックライトを当てても本種は蛍光を発しません。近縁種の間でその有無も含めて蛍光パターンに違いがある理由は今のところあまりよく分かっていませんが、わずかな青い光しか届かない深い海で互いの種を見分けるシグナルになっている可能性が考えられそうです。

新標準和名エンビサクラダイは本種の尾鰭両葉が伸長する様がツバメの尾羽、すなわち「燕尾」を思わせることに由来します。本種はイッテンサクラダイ属の中でもかなり個性的な魚なのでどの特徴を和名の由来にするか迷いましたが、ぱっと目につく長い尾鰭に由来する名前になりました。論文中には書いていませんが、個人的にはあでやかで美しいの「艶美」とのダブルミーニングを意識していたりします。

本研究により、エンビサクラダイはインドネシアから南日本沿岸までの西太平洋に広く分布する可能性が示されました。一方で、国内から得られた標本は今回報告した1個体のみであり、本種の日本国内における分布状況や再生産の有無などはこれから追加標本を採集することにより明らかにしていく必要があります。しかしながら最近は沖縄や高知、相模湾などで深海小物釣りをする人が増えてきており、本種の国内2例目の標本が得られるのもそう遠い先のことではないのではないでしょうか?

最後に本研究を行うにあたり様々な方のご協力がありましたが、特に標本を採集・提供してくれたIさんと、いつも出船に快諾していただいているK船長がいなければ、エンビサクラダイの発見はありませんでした。深く御礼申し上げます。本種が採集された紀伊半島南部は日本国内でも屈指の魚類の種多様性を誇る海域であり、その豊かさの一端を明らかにできたことは実に嬉しく思います。きっとまだまだ未知の魚もいることでしょうから、深海小物釣りを含め今後も調査を継続していきたいですね。

 

引用文献

Gumanao, G. S., K. J. S. Gumanao and A. R. Bos. 2022. Eight new records of marine fishes (Teleostei: Perciformes and Tetraodontiformes) from the Philippines. J. Mar. Biol. Ass. U. K., 102: 133–137. Lai, N.-W. 2020. Three new records of deep-water coral reef fishes from southern Taiwan. Platax, J. Aquat. Biol. Aquar., 17: 85–102.

Lai, N.-W. 2020. Three new records of deep-water coral reef fishes from southern Taiwan. Platax, J. Aquat. Biol. Aquar., 17: 85–102.

White, W. T. 2011. Odontanthias randalli n sp., a new anthiine fish (Serranidae: Anthiinae) from Indonesia. Zootaxa, 3015: 21–28.