Fishes of Kii Peninsula

紀伊半島のさかな

不定期連載・標本写真シリーズ⑪バラハナダイ

バラハナダイ 117.5 mm SL 和歌山県

バラハナダイ Odontanthias katayamai (Randall, Maugé and Plessis, 1979)

分類:ハナダイ科イッテンサクラダイ属

分布:相模湾以南の太平洋沿岸,沖縄島,台湾,マリアナ諸島

備考:水深100 m以深の岩礁帯に生息する美しいハナダイ。イッテンサクラダイ属 Odontanthias魚類はキンギョハナダイなどが属するナガハナダイ属 Pseudanthiasと比較すると大型に成長し,本種も全長20 cm近くに達する.

本種は蒲原(1934)によってHolanthias chrysostictus (Günther, 1872)として本邦から初めて報告され,長らく本種にはこの学名が用いられてきた.その後,Randall et al.(1979)はこれまでH. chrysostictusとされていた種の再検討を行い,南日本とマリアナ諸島に分布する種をH. katayamaiとして新種記載した.その後,Randall and Heemsta(2006)は本種を含むHolanthias属各種の帰属の再検討を行い,本種をOdontanthias属に含めた.

本種の種小名 katayamaiはハタ科魚類の分類学的研究やアカメの新種記載で知られる山口大学名誉教授の片山正夫博士に献名されたものである.

 

引用文献

蒲原稔治.1934.高知市附近の魚類追記(VII).動物学雑誌,46: 457463.

Randall, J. E., L. A. Maugé and Y.B. Plessis. 1979. Two new anthiine fishes of the genus Holanthias from southern and western Pacific. Japanese journal of Ichthyology, 26: 1525.

Randall, J. E. and P. C. Heemsta. 2006. Review of the Indo-Pacific fish genus Odontanthias (Serranidae: Anthiinae), with descriptions of two new species and related new genus. Indo-Pacific Fishes, 38: 1–32. 

本州最南端で深海小物釣り採集

最近のマイブーム(?)は水深100~200mほどの深場で小さな魚を狙って釣る、通称「深海小物釣り*1」採集です。

 

おもなターゲットは深場の岩礁帯に棲むハナダイやベラ、トラギスの仲間など。こうした小型魚は底曳き網などの商業漁業の対象にならないことに加え、スクーバダイビングでも潜ることが難しい水深帯に生息するため、これまで採集することが困難でした。しかし、最近の釣具の進化、低伸度PEラインの普及や電動リールの小型化などで、これらの魚を「釣り」で採集することが現実的になってきたのです。

これまでほとんど調査が行われてこなかったこれらの海域では、基本的な魚類相すら不明、ということも多く、そのため全く未知の魚―例えば日本未記録種や未記載種が釣れる可能性も十分に考えられます。実際に近年、こうした深海小物釣り採集によって日本初記録種やこれまでほとんど記録のなかった種が採集されたという報告が相次いでいます(日比野ほか,2017のホタルビサンゴアマダイや、宿女ほか,2023のアワユキハナダイなど)。

 

www.jstage.jst.go.jp

 

図鑑にもめったに載っていないような希少な魚が釣れる、そして運が良ければ新種も釣れるかも、、、となれば、魚オタク的にはこんなロマンに溢れた釣り、やるしかないでしょう!

 

この釣り、船と深い海があればどこでもできると言えばどこでもできるのですが、上記のような、暖海性の魚をターゲットにするとなると、やはり、主なフィールドは黒潮の影響を受ける相模湾以南の南日本太平洋沿岸や、沖縄などの南西諸島となります。筆者は和歌山県に住んでいるため、最寄りの有望ポイントはダイビングスポットとしても有名な本州最南端の串本周辺です。本州で唯一の亜熱帯性の海域。深場の熱帯魚を釣るにはポテンシャルは十分です。

 

タックルは基本的に100m以深の深場を狙うので、電動リールが圧倒的に有利です。手巻きでもできなくはないですが、完全に筋トレです。電動リールは水深カウンターもついているので、現在何mで釣りしているのかが一目でわかるのもメリット。仕掛けは企業秘密()ですが、小型魚を釣るため細かなものを使用しています。

実はこれまでに10回以上、串本での深海小物釣りは行っており、中にはかなり面白い魚(ここには書けない!)も釣れています。なかなか特殊な釣りなので、理解ある遊漁船を探すのが大変でしたが、3年ほど前にとある釣船の船長に快諾していただいて毎回お世話になっています。というわけで以下、今回釣れた魚を紹介!

 

イッテンサクラダイ Odontanthias unimaculatus

明確なアタリがあり、最初に釣れたのは深場系ハナダイのイッテンサクラダイ。串本の深海小物釣りでは後述のバラハナダイと並び代表的なターゲットです。鮮やかなピンク色の体色が美しい!

 

バラハナダイ Odontanthias katayamai

次に竿先を揺らしたのはイッテンサクラダイと同属のバラハナダイ。イッテン以上に派手な色彩で、見る者の眼を奪います。ちなみにその鮮やかさから観賞魚として人気が高く、1匹あたり何十万円で取引されるとか・・・ちなみにここまで高価になるのは採集よりも、その後に飼育できる状態にすることが非常に困難なため。100m以深の深場から釣りあげられた個体は急激な水圧変化により浮袋が膨出してしまったり減圧症に罹っていることが多く、そこから飼育が出来る状態まで立て直すのは至難の技だそうです。この個体も釣りあげた直後は生きていましたが、肛門から腸が飛び出ており、その後まもなく死んでしまいました。

 

アズマハナダイ Plectranthias azumanus

同じハナダイ科ですが、こちらはイズハナダイ属 Plectrathiasのアズマハナダイ。本属は熱帯種が多いですが、その中ではもっとも温帯の環境に適応した種です。なお本属魚類は水圧変化に弱いようで、この個体も眼が飛び出してしまいました。

 

ゲッコウスズメダイ Chromis tingting

スズメダイと言えば浅場のサンゴ礁などに群れているイメージが強いですが、トウカイスズメダイの仲間など、水深100m前後の深場に生息する種もいます。このゲッコウスズメダイは2019年に新種記載されたばかりの新しい種で、従来はトウカイスズメダイsp.と通称されていました。

 

アカトラギス Parapercis aurantica

同乗者の方からいただいたのは、こちらの美しい縞模様が特徴のアカトラギス。深場のトラギスの中では割と普通種のはずですが、串本で釣れたのは初めてでした。串本の深場からは本種以外にもヤマユリトラギス Parapercis kentingensisなど複数種のトラギス属魚類が得られています。

 

ヒメ Hime japonica

美しいのですが、釣れ過ぎるので魚オタクたちにあまり歓迎されないヒメ。今回もたくさん釣れました。本種は浮袋をもたないためか水圧変化に非常に強く、リリースしても水面に浮くことはなく深場に戻っていくのも特徴*2。意外にもこれまで標本にしたことがなかったため、この個体は標本用にお持ち帰り。

 

イトヒキヒメ Hime formosana

しばらくヒメの猛攻が続き、またヒメか・・・と針を外そうとした時に背鰭が妙に長い個体がいるのに気が付きました。・・・これは!?イトヒキヒメだ!!!

国内では駿河湾以南の黒潮流域で散発的にしか記録のない稀種。普通のヒメにそっくりですが、その名のとおりオスの背鰭軟条が糸状に伸びるのが特徴。実物を見るのは初めてで、嬉しい収穫になりました。

 

今まで10回以上串本で深海小物釣りをしていますが、ほぼ毎回なにかしら新たな種が採集される(今回はアカトラギスとイトヒキヒメが初)ため、まだまだしばらくはこの釣りを楽しめそうです。なお、同乗者の方は飼育用メインの方もおられましたが、筆者は基本的に標本写真用に魚を持ち帰っています。そうして撮影した標本写真は『不定期連載・標本写真シリーズ』でも紹介していけたらと思います。

*1:「深海」の定義は水深200m以深の深い海とされているので、厳密には深海ではないのですが、語呂が良いのでこう呼んでいます

*2:そのあと生きているかは観察できないため不明。生きていると信じたいが・・・

紀伊半島における川魚文化の覚書き

はじめに

現在のように流通網が発達し、全国で当たり前のように海の魚が食べられる以前は各地で多くの淡水魚が食されてきました。特に大規模水系である琵琶湖や霞ケ浦の周辺、あるいは海産物の入手が難しかった長野県などの内陸部では現在も川魚文化が息づいています。一方で三方を海に囲まれ、伝統的に海産物に恵まれてきた紀伊半島においては、一般に淡水魚の食資源としての重要度は先述の地域と比べて高いとは言えません。しかし、それでも内陸部や山間部を中心に古くから淡水魚を利用してきた歴史があり、その中には全国的にも類をみない興味深い漁法や利用法も含まれます。ここでは文献情報を中心に筆者が収集した紀伊半島における川魚文化について”公開メモ”という形で記します。なお、これらの情報は収集途上のものであり、抜け落ちている点も多くあるかと思われます。したがって、情報をお持ちの方はどういった形でも構いませんので、ご連絡いただけると大変助かります。よろしくお願いします。

 

材料と方法

文献を中心に情報を収集した。一部については筆者が直接聞き取ったものも記載した。文献について論文や書籍として出版されているものについては、引用文献として示した。また、インターネット上の情報については自治体等の公的機関のものやNPO法人のウェブページなど、出典に信頼のおけるもののみを採用し、可能な限りリンクを示した。

なお、紀伊半島の魚類に関する重要文献として『紀州魚譜』(宇井,1924)が挙げられる。同書の中で著者の宇井は淡水魚各種の利用法についても触れているが、これらは紀伊半島内でみられる利用法なのか、当時の日本全国で普遍的にみられた利用法なのか、その記述からは判別できなかったため、オオウナギの記述を除き今回は採用しなかった。

 

アユ

全域で古くから利用の歴史があり、現在でも漁業権対象種として内水面漁業における重要魚種である。遊漁の対象としては現在では友釣り一辺倒の感もあるが、かつては餌釣り、投網、刺網、四手網、火振り漁、引掛け、突き漁、簗(やな)および鵜飼など多彩な漁法で漁獲されてきた。特筆すべきものとして紀の川の小鷹網漁(投げ刺網漁)は著名。また、古座川流域の”トントン釣り”、宮川流域の”しゃくり”など引掛け漁法も発達している。現在でも多くの流域で落ち鮎を狙うコロガシ釣りが行われている。熊野川流域や串本町の河川では刻んだアジの身などを使った餌釣りの話も聞かれた。また、かつて有田川では鵜飼も行われていた。有名な長良川の鵜飼は船を利用したものだが、有田川のものは現存するものとしては全国で最後の「徒歩(かち)漁法」であった*1有田川町,2018)。

 

利用法としては一般的な塩焼きや甘露煮、うるかは全域で見られ、現在でもアユ料理を名物とする料理店は各河川の流域に存在する。焼く系統の利用法としては富田川や古座川流域ではアユを長時間炭火で炙った伝統の保存食”あぶり”が現在でも作られている。また、紀伊半島はなれずし文化で有名であるが、アユを用いたなれずしも各地(宮川、熊野川、日置川、紀の川など)で作られた。なれずしのアユは秋から冬のオスの落ち鮎が利用されることがほとんどであったが、熊野川では5月から9月のアユを使用するとする文献もあった(成田,2002)(ただし、ほかの流域と同様、落ち鮎でも作っており、細かい地域や各家によって製法が異なっていた可能性も高い)。また奈良県吉野川紀の川)では乳酸発酵させない”あゆ寿司”や”焼きあゆ寿司”が現在も見られるが、これらもなれずしを原型としている。

アユ寿司 これは甘辛く炊いたものを押し寿司にしている

投げ刺網でアユを捕る、笹立て漁の様子(和歌山県日置川)

アマゴ

本種の生息域である山間部を中心に利用がみられた。三重県の宮川や銚子川上流域では”しゃくり”と呼ばれる引掛け漁法で漁獲した。古座川では”チョッカケ”というヤス突き漁法も行われた。なお、降海型のサツキマスも古くは各河川で見られ、漁獲もされてきたが(岸・德原,2021)、どのような利用法があったかについては収集できなかった。

アマゴの利用については一般的な塩焼きや甘露煮は各地で見られる。古座川流域ではアユと同様、”あぶり”やなれずしにされたという(加藤,2009)

 

ウグイ

三重県の宮川上流域では春に産卵場に集まる”つきウグイ”を投網や”もうじ”と呼ばれるウケで漁獲した。捕れたウグイは焼いたり、煮つけにしたという(宮川漁法ミュージアム)。また同じ宮川の下流にあたる伊勢市ではなれずしを作る際にアユの代用としてウグイを用いることもあった(西村,1995)

 

ウナギ

ニホンウナギ内水面の重要魚種で現在も天然ウナギの漁獲やシラスウナギ種苗の採捕が各地で行われている。主な方法は延縄、筒漁(ウケ)および石倉漁である。かつて紀の川支流の貴志川流域ではウナギキリ(うなぎ掻き)やサンショナガシ(山椒の実に水産動物を痺れさせる成分が含まれることを利用した毒流し漁)でウナギを捕ったという(俵,2017)。同様の話は和歌山県南部の古座川からも聞かれ(加藤,2009)かつては紀伊半島の広い範囲で見られた漁法であると想像される。また、現在では違法であるが、ビリ(電気流し)によりウナギを捕った話も聞き取っている。古座川では大雨の後などに川の近隣の畑や山を這っているウナギを手掴みで捕獲する漁(ウナギヒロイ)も行われた。このきわめて単純な漁法が成立した背景には、当時の川に莫大な量のウナギ資源が存在したことが伺える。

ウナギの利用法については、ごく一般的な蒲焼き(和歌山では”つけあぶり”とも)以外は特筆すべき情報を収集できず、今後の課題である。捌き方について一般的に関東は背開き、関西は腹開きといわれるが、和歌山県内、特に南部については背開きにすることも多い。
なお、紀伊半島の南部にはオオウナギが分布し、現地では主に“いもうなぎ”と呼称されるが、味が粗く2級品とされた(川島,2018)。ただし皮下に脂が多いため、虫よけになるらしく、オオウナギの皮を柱の下に敷いてシロアリ避けの部材として使用することがあったという(宇井,1924)。

ウナギ漁に使われる石倉 和歌山県太田川

 

イカ

紀の川流域の“じゃこ寿司”が有名。これは佃煮寿司の一種で、甘辛く炊き上げた“川じゃこ”を腹開きにしてから飯の上に乗せたものである。有田川の流域でも作られていた。また紀の川流域にはじゃこのから揚げや素焼きを出す料理店が現在も見られる。

じゃこ寿司と川ジャコの空揚げ

川ジャコの白焼き

カワムツ

紀伊半島中部、日高川流域の旧美山村ではカワムツを乾燥させたものを“乾はい”、あるいは“はえ”(はや)と称して利用しており、これはそのまま、あるいは甘辛煮にして食べた(種坂,2001)。なお、本種は骨が硬くじゃこ寿司には向かないとされている。

 

コイ

古座川流域では田植えの時期になるとコイやフナが水路を通って田んぼに入ってきたといい、これを捕まえて食べたという(古座川町での聞き取り)。また和歌山県紀美野町や有田川の流域ではコイを水田に放ち食用のため養育する農家もあった。これらは全国に広くみられる典型的な水田漁撈の形態で、同様の利用は紀伊半島のほかの地域にも広く分布したのではないかと推測されるが、それを明確に示す文献は今回見つからなかった。なお、特殊な利用方法として和歌山県高野町花坂地区ではイロゴイ(ニシキゴイ)の血を薬として産後回復に用いた(俵,2017)

 

フナ類

古座川流域ではコイと同様、田植えの時期に田んぼに入ってきたものを捕まえて食べたという。和歌山県南部の太田川では梅雨時に産卵のため浅場に上がってきたものを捕まえて炒り煮などにした(聞き書和歌山の食事編集委員会,1989)

 

タカハヤ・アブラハヤ

有田川流域では炙って乾燥させたアブラハヤ、あるいはタカハヤを醤油と砂糖で甘辛く煮詰め押し寿司にした。同地ではアブラハヤとタカハヤはともに“はいじゃこ”と呼ばれるが、淵で捕れるもの(タカハヤ)より瀬で捕れる縦帯の明瞭なもの(アブラハヤ)のほうがうまく、特に冬にとれる“かんじゃこ”が最もうまいとされた(種坂,2001)また紀の川流域では“じゃこ寿司”に使うオイカワの代用としてアブラハヤを用いることがあったという(紀の川市粉河での聞き取り)

 

ドジョウ

和歌山県の那賀地域と新宮市でどじょう汁を作っていた(和歌山県和歌山県ふるさとアーカイブ)。また食用ではないが、紀の川支流の真国川流域ではウナギ捕りの際の筒に入れる餌としてドジョウを用いる場合があった。餌として用いるドジョウは田んぼにいるドジョウではなく、川にいる縞々のドジョウ(オオシマドジョウ?)がよいとされた(俵,2017)。同様の証言は宮川流域の聞き書きからも得られており、ウナギの穴釣り(当地では“差し込み”と呼ぶ)の餌には縞のあるアジメドジョウを用い、田んぼのドジョウは向かなかったという。なお、アジメドジョウは味が良いことで知られ、岐阜県などでは盛んに利用され、アジメ筌など本種を専門に捕る漁法が存在するほどであるが、宮川水系では本種に関する高度な利用はみられない。

 

ギギ

和歌山県紀美野町紀の川支流貴志川)では蒲焼きや白焼きにして食された。そのほか、ギギから取った出汁で素麺を食べたこともあったという(俵,2017)また有田川流域でも利用されていた。また、三重県宮川水系には同属のネコギギ(地方名カンパチ)が生息するが、これを釣って醤油だまりで煮て食べることもあった。

 

ハゼ類

紀の川中流域では現在もいわゆる“ゴリ押し”でカワヨシノボリなどを捕っている。捕ったカワヨシノボリは空揚げにしたり、焼いたものを味噌と和えて”ゴリ味噌”としたりする。和歌山県有田川町ではごり(ハゼ)を佃煮にして山椒で味付けして食べた。三重県宮川流域ではカワヨシノボリを“イシャド”と呼び、イシャドモウジいう専用の小さなウケで捕まえた。捕れたものは、砂糖だまりで炊いて佃煮にした。また古座川ではボウズハゼ(地方名:ナンベラ)が漁撈の対象となり、トントン釣り(引掛け釣り)や網漁で捕った(加藤,2009)。

ゴリ味噌 和歌山県紀の川流域

シロウオ

現在も三重県志摩市の磯部川、和歌山県那智勝浦町太田川および有田郡の広川で産卵遡上群を狙った四手網漁が行われている。かつて和歌山県内では由良(由良町)、古座(串本町)、森浦(太地町)、浦神(那智勝浦町)、宇久井(那智勝浦町)でもシロウオ漁が行われていた(川島,2018)また和歌山県会津川では落とし網を用いたシロウオ漁が行われていた。食べ方としては踊り食いが有名であるが、これはむしろ観光名物的なもので、産地では煮つけにすることが多かった。太田川ではめはり寿司の具にすることがあったという(聞き書き 和歌山の食事編集員会,1989)

シロウオ 和歌山県広川

 

多くの地域で食利用の文化があるにも関わらず今回、紀伊半島内から利用法が収集できなかった淡水魚としてニゴイ、カマツカナマズ、カジカ類などが挙げられます。こうした魚種について、全く利用されていなかったということは考えにくく、実際には今回情報が収集できなかっただけと考えられます。今回は主にオープンアクセスの文献や比較的手に入りやすい書籍の情報を中心に記載しましたが、今後、さらなる聞き取りや、地域の郷土資料の閲覧などで新たな情報を収集できる可能性は高いでしょう。なお、こうした川に関する文化の記憶は体験者が高齢となっていることもあり、世の中から急速に風化しつつあります。文化を未来に受け継ぐかはさておき、こうした文化があったことすら記録されずに忘れ去られてしまうのはもったいないものです。今後も機会があるごとに情報収集に努めていきたいと思いますので、何か情報がありましたら提供していただけると幸いです。

 

引用文献

有田川町.2018.有田川の鵜飼,有田川町ホームページ.

https://www.city.arida.lg.jp/kanko/miruasobu/1001423.html (2024.3.13参照)

川島秀一.2018a.太田川の川漁.「汽水の生活環境史」共同研究班(編),pp.112–113.汽水の生活環境史.神奈川大学日本常民文化研究所付置非文字資料研究センター,横浜.

川島秀一.2018b.シロウオ漁の生活史.「汽水の生活環境史」共同研究班(編),pp. 7–18.汽水の生活環境史.神奈川大学日本常民文化研究所付置非文字資料研究センター,横浜.

加藤幸治.2009.河川におけるオープンアクセスでの資源利用―紀伊半島南部古座川の漁撈と近代林業から―.総研大文化科学研究,5: 85–99.

聞き書和歌山の食事編集員会.1989.日本の食生活全集30 聞き書和歌山の食事.353pp.農山漁村文化協会.東京.

岸 大弼・德原哲也.2021.1927年のサツキマスの漁獲量:農林水産局「河川漁業」の情報の検討.岐阜県水産研究所研究報告,66: 1–6.

成田美代・磯部由香・大川吉崇・水谷令子.2002.東紀州の三種のなれずし(なまなれずし)について.三重大学教育学部研究紀要,53: 91–98

西村亜希子・水谷令子・久保さつき.1995.三重県伊勢市のアユなまなれずし.鈴鹿短期大学紀要,15: 149–155.

宮川漁法ミュージアム

https://osugidani.jp/miyagawa/kikitori02.html (2024.3.13参照)

種坂英次.2001.紀州北部における魚ずし製法と関連したバショウの栽培.近畿大学農学部紀要,34: 173–179.

俵 和馬.2017.和歌山県紀美野町における動物の民俗.民俗文化,29: 373–410.

宇井縫蔵.1924.紀州魚譜.282+43pp.紀元社.東京.

和歌山県.和歌山文化情報アーカイブ事業 和歌山県ふるさとアーカイブhttps://wave.pref.wakayama.lg.jp/bunka-archive/syokubunka/singu.html (2024.3.13参照)

*1:2024.3.13. 訂正:フナと納豆のひと氏によればかつて福岡県筑後川流域でも徒歩漁法による鵜飼が行われていたとのこと。したがって有田川の鵜飼は現存する中では最後の徒歩漁法ということになる。

不定期連載・標本写真シリーズ⑩イトベラ

トベラ 99.8mm SL 和歌山県串本町

トベラ Suezichthys gracilis (Steindachner and Döderlein, 1887)

分類:ベラ科イトベラ

分布:千葉県以南の太平洋沿岸,富山県以南の日本海,瀬戸内海,屋久島,奄美大島,沖縄島および小笠原諸島.国外では朝鮮半島,中国,台湾およびオーストラリアに分布.

備考:体長10 cm前後の小型のベラ科魚類.沿岸域の岩礁域や砂礫底でふつうに見られる.ほかのベラの仲間と同様,夜間に砂に潜り休息する習性をもつ.日本国内に分布するイトベラ属魚類は本種のほかにアデイトベラS. arquatus Russell 1985,モンイトベラS. notatus (Kamohara 1958),セグロイトベラS.soelae Russell 1985が知られるが,この3種はいずれも記録の少ない稀種である.