Fishes of Kii Peninsula

紀伊半島のさかな

セボシタビラ

セボシタビラ 江津湖 -1.5m

今回の九州遠征の大きな目標のひとつがこのセボシタビラでした。セボシタビラはタビラ5亜種のうち九州北部に分布する亜種で、背鰭が赤、臀鰭と腹鰭が白に縁どられる特徴的な配色をもつ美しいタナゴです。近年生息域が急速に縮小しており、タナゴ類の中でも絶滅の危険性が高い種とされています。そのため2020年から「絶滅の恐れがある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)の国内希少野生動植物種に指定されており、無許可での接触、捕獲、飼育が禁止されています。

今回撮影を行った江津湖でも生息数は少ないようですが、ある程度まとまって生息しているポイントの情報をいただきなんとか姿を捉えることができました。

大岩の下をなわばりにする

鰭を広げ若いオスを威嚇するこのなわばりのボス

タナゴの仲間は概して警戒心が強く臆病な種が多いですが、セボシタビラの警戒心はそのタナゴ中でもひと回り以上に強く、なかなか障害物の陰から出てこず撮影には手こずりました。それでも1時間以上慣らしていくと明るいところにも出てきて目の前で採餌もするようにまでなりました。

藻類の破片をもふもふするオス

 

暗がりの中のしっとりした体色も、陽光の下でのぎらぎらした感じも素晴らしいものがあります。なお、今回情報をいただいた方と後ほど合流したのですが、種の保存法指定以降、釣り人や採集者に狙われることがなくなったため、以前に比べるとこれでも警戒心が薄らぎ、のびのびと暮らしているとのことでした。

現在の本亜種をめぐる状況は厳しいものがありますが、各保全策がうまく成功し、九州のどこでも見られる魚になることを切に祈ります。

 

camera : E-M1 markⅡ
lens : M.ZUIKO DIGITAL ED 12-45mm F4.0 PRO, M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro

strobe:D-200, D-2000

江津湖のオイカワ

イカワ 江津湖 -1.0m

このGWは4年ぶりに九州を訪れていました。狙いはセボシタビラ、カゼトゲタナゴ、アリアケギバチetc…といった九州に固有の淡水魚たち。同行してくださった方々の多大なご協力もあり、見たいものはほぼすべて見られたとてもよい撮影遠征となりました。
写真は熊本県江津湖で撮影したオイカワ。5月初旬とまだ時期的には早かったのですが、素晴らしい婚姻色のオスたちが縄張りをめぐる激しい闘争を繰り広げていました。オイカワ自体は紀伊半島でも広くみられる魚ですが、透明度の高いフィールドで撮影するとなると意外にも難しい被写体で(紀南のフィールドは水は綺麗ですが、オイカワは移入でしかも概して痩せていることが多いです)、これほどまでに綺麗な水のブルーをバックに美しい姿を写真に収めることができたのは貴重な経験になりました。
江津湖は湧水が豊富なことから熊本市の市街地に位置するにもかかわらず透明度が非常に高く、さらに魚影も濃いため水中撮影には最高の環境でした。ここに毎日来られる熊本市民が羨ましい…今回は半日のみの滞在でしたが、次回はもっと時間をとってじっくり様々な撮影を試してみたいですね。

水面付近で平行遊泳し力比べするオスたち

ラテラルディスプレイ(体側誇示)で勝敗がつかない場合、激しい闘争が始まる

 

camera : E-M1 markⅡ
lens : M.ZUIKO DIGITAL ED 12-45mm F4.0 PRO

strobe:D-200, D-2000

紀伊半島の淡水魚図鑑No.26 コトヒキ

コトヒキ Terapon jarbua

紀伊半島での呼び名:【文献】すみやき、ぐいぐい、しゃみせん(和歌浦)、うぐい、なみなご(白浜:幼)

コトヒキ 和歌山県南部河川 -0.3m

インド・西太平洋の広域に分布し、日本国内でも主に房総半島以南に広く分布する。沿岸浅所やそれにつながる河川の汽水域に生息し、干潟やサーフでもよく見られる。河川内でもかなりの低塩分の場所まで侵入するが、完全な淡水域には出現しない。
シマイサキ科魚類に共通する特徴として浮き袋を使って発音することができ、これが和名の由来となっている。しかし、「琴弾き」の雅な名とは裏腹にその音は書き起こすならば「グゥ、ググゥ」といったものであり、琴の音とは全く似ても似つかない。和歌山県での本種の地方名に「ぐいぐい」というものがあるが、これもこの鳴き声に因んだものだろう。
体側に縞模様をもつことで同科のシマイサキに似ているがコトヒキの体側の模様は弧状なのに対し、シマイサキは直線状の縦帯であるという違いがあり、加えてコトヒキでは吻は丸いこと(vs. 尖る)、背鰭棘条部に明瞭な黒斑をもつこと(vs. 黒斑をもたない)などにより簡単に見分けることができる。
本種の生態で特徴的なのは他魚の鱗や鰭をかじり取って食べてしまう、鱗食い(スケールイーター)の習性をもつことだろう。もっとも鱗ばかりを食べているわけではなく、甲殻類や多毛類など様々な小動物を餌とするが、南アフリカで本種の胃内容物を調べた研究では体長100mmを超えるころから食性において鱗への依存度が高まることが示されている(Whitfield and Blaber, 1978)。これは本種が沿岸浅所から深場に生活場所を移す時期と一致しており、餌生物のやや乏しい深場への適応ではないかと考えられている。ちなみに近縁のシマイサキは他魚の外部寄生虫を食べるクリーナーの習性があることでしられているが(重田ほか,2001)、コトヒキの胃内容物からも寄生性カイアシ類などの寄生虫が出てくることがあり、本種の鱗食の習性はクリーナーから進化した可能性が指摘されている(Whitfield and Blaber, 1978)。

幼魚は汽水域によく出現し、ガサガサなどの採集でも目にする機会は多い。銀鱗に黒のアーチ模様と、美しい模様をもつので飼育欲に駆られるが、前述の鱗食いの習性をもち、他魚をすぐにボロボロにしてしまうため混泳は難しく、うかつに飼育用に持ち帰ると後悔する魚のひとつ。食用魚としての価値も高くはなく、紀伊半島では個体数は少なくないが、まとまって獲れることが少ないため値段がつきにくく、定置網などで散発的に漁獲はあるもののこれといった利用はされていないだろう。一般的には趣味の釣りの対象として認知されており、夏から秋にかけて全長10cmほどに成長した幼魚たちは食欲旺盛で餌やルアーによく反応するため良い遊び相手になってくれる。

夜釣りをしていたらルアーに食いついてきた 和歌山県南部河川

標本 三重県伊勢湾流入河川産

引用文献

重田 利拓・薄 浩則・具島 健二.2001.瀬戸内海で観察されたシマイサキのクリーニング行動ーークロダイへのクリーニングを中心として.瀬戸内海魚類研究会報告.3.9–12.

Whitfield A. K. and S. J. M. Blaber. 1978. Scale-eating habitats of the marine teleost Terapon jarbua (Farskal). Journal of Fish Biology. 12. 61–70.

クチサケハゼ

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クチサケハゼ 三重県南部河川 -2.0m

先日、三重県南部の汽水域で撮影したクチサケハゼです。千葉県以南の河川汽水域の泥地を好むハゼで、撮影地も強く踏み込んだら嵌ってしまうような軟泥でした。なお、生息環境は泥なら何でも良いというわけではなく、たとえば嫌気性のヘドロの場所には出現しません。
同属のノボリハゼとは好む環境が似ており、見た目もよく似ているのですが、本種はその名のとおり大きく裂けた口をもち、上顎の後端は眼の後縁を大きく超えること、眼下の暗色帯が上顎に接するあたりで後方に折れ曲がり「く」の字様になることによって見分けることができます。
いかにも南方系の雰囲気を感じるハゼで、紀伊半島では個体数は多いとは言えず、採れると嬉しい魚のひとつです。なお、本種を三重県から初めて報告した山川ほか(2020)は本種が三重県において越冬・再生産できない死滅回遊魚である可能性について言及していますが、写真の個体は明らかに昨年以前に加入したと思われる大きさであり、撮影時期(2月)から考えても少なくとも越冬しているのは確実だと思われます。
性質は同所的にみられるツマグロスジハゼに比べると警戒心が薄く、目の前まで近づいてもあまり逃げません。一方で本種の生息地は泥深く、少し動いただけで泥を巻き上げてしまい撮影にならないので、シュノーケリングで撮影している場合、息継ぎで浮上するまでの一発勝負です。ほかにも汽水域特有の淡水と海水が混ざり合うことによる”ゆらぎ”の影響もあり、撮影は一筋縄ではいきません。いずれタンクを使ってじっくり撮影してみたい魚です。

 

引用文献

山川宇宙・碧木健人・津田吉晃・瀬能宏.2020.三重県で採集されたオカメハゼおよびクチサケハゼ.南紀生物.62(1).2225.